2017年8月19日土曜日


徹底的に休む日にすると決めていた。
誰にも合わずに一人だけ過ごせる久しぶりの休日だった。

先日買った「勉強の哲学」(千葉雅也)を部屋で読み、夕方には近所の図書館に出掛けた。
「ねじまき鳥クロニクル 第二部」(村上春樹)と、益田ミリのエッセイ漫画を二冊、それから「マチネの終わりに」(平野啓一郎)を借りた。

帰ってから「マチネの終わりに」を読みはじめたが平野啓一郎の文章が懐かしい。憂鬱さを帯び、繊細で、どこか力んでいる言葉の連なりが心地いい。
例えば最近小川洋子の「ブラフマンの埋葬」を読んだが、その文章と比べると全く違う。「ブラフマンの埋葬」の包み込むような、それでいて距離を取っている感じのする文章はある種の「空気」を描いていてこれもいいのだが、「マチネの終わりに」はひたすら「分析的」という感じがする。
ふと思ったが、「勉強の哲学」のアイロニーとユーモアの対比と重なるかもしれない。平野啓一郎はアイロニーの文章、小川洋子はユーモア。

こんなことを考えても何の役にも立たない。第一、平野啓一郎と小川洋子を比べる必然性は全くない。しかしこういう「どうでもいいこと」を考えるのは好きだ。だから今日のような一人で過ごす時間は自分にとって大切である。
精神の自由な動きに任せて、読書をし、絵を描きたい。

読書は小さいが「発見」を与えてくれる。
自分にとって読書は自然な行為であり努力をしなくてもできるので、その時間はとてもリラックスする。経験としては薄いかもしれないが、読書で小さな発見を積み重ねることによって自分の次の方向性が見えてくればいいと期待しているところもある。


……人間の疲労。これは、歴史的な、決定的な変化なんじゃないか? 人類は今後、未来永劫、疲れた存在であり続ける。疲労が、人間を他の動物から区別する特徴になる? 誰もが、機械だの、コンピューターだののテンポに巻き込まれて、五感を喧噪に直接揉みしだかれながら、毎日をフーフー言って生きている。痛ましいほど必死に。そうしてほとんど、死によってしか齎されない完全な静寂。……
「マチネの終わりに」


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2017年8月13日日曜日


地獄のような八月。
明日は久しぶりの、一人だけの休み。
ここのところ本当に色々あり、身体も精神も疲れ果てた。じっくり休もう。

しかしやらねばならないことはある。
散髪。
郵便局へ行く。
木材を切る(これは仕事で使うため)。
等々。

午前中に済ませて、あとは読書を思う存分楽しみたい。

人から借りた「植物図鑑」(有川浩)を読んでいる。
僕も含め現代人にとって遠い存在になっている「植物」を敢えて中心に据えて物語を作るというのはなかなか面白い。


 ―イツキと暮らし始めてわかったことが一つある。
 誰かと一緒に暮らしていると泣き虫になる。
 以前は理不尽なことが積み重なる周期が来ても、家でこんなに泣くことなんかなかった。強ばった顔で家に帰り、強ばった顔でコンビニ飯を流し込み、強ばった顔で風呂に入って、強ばった顔でベッドに潜り込んだ。




自信のない僕たち


前の休みに引き続き今日も無気力に過ごした。
「哲学の練習問題」(西研)、「殺人犯はそこにいる」(清水潔)、「ねじまき鳥クロニクル」(村上春樹)など読みかけの本を読み進めた。
先程洗濯を済ませ、スープを作ることができたので合格点ではある。

たかはしけいさんの「アメリカからの雑談 #24」がアップされたので見た。
そこで「日本人には自信がない」ということが語られていた。

自分のことを考えてみると、大学生くらいの頃までは自分に自信がある方だと思っていた気がする。
今はどうだろう、自信がなくなっているようにも思う。
たかはしけいさんの話では、自信とは、「未来の自分が今の自分よりも成長しているという無根拠な思い込み」だとあった。

大学の頃は、まだ「未来の自分」という存在を理想として持っていられるので、かろうじて自信を持つことができた。
それに、それなりに頑張っていたから。
社会的に評価されていなくても、いつか、ということを想定できた。

今はもう、こんなことを言うと情けないが、未来などというものはない。
頑張りについて言えば、確かに仕事は頑張っているが、そのために、それ以外のことに使えるエネルギーは残らない。
仕事は別に自分の精神において重要ではないし、アイデンティティにも結びついていない。
よって、自信はない。

こういう日々がしばらく続くのだろうし、休日に好きな本を読んで、それでいいじゃないかとも思う。







2017年7月23日日曜日


今日はずっと家にいた。
前の休みは群馬に旅行に行っていたため、疲れが溜まっているのを実感。
旅行は楽しかったので満足しているのだが。

「スター・ウォーズ フォースの覚醒」を見る。
終始、古臭いなあという印象。
古臭さの理由は、つまり「スター・ウォーズ」の古くからのファンのために雰囲気をエピソードⅣ、Ⅴ、Ⅵに似せているからだということが調べてみてわかった。
なるほど、最初に作られた「スター・ウォーズ」が好きなファンにとっては後から作られたエピソードⅠ、Ⅱ、Ⅲは不評だったというのも初めて知った。自分はちょうどそちらから見始めた世代なので、好きなのだが。

この作品の監督はジョージ・ルーカスではなく、J.J.エイブラムスである。
ルーカスは「フォースの覚醒」について「懐古主義」であると言い、あまりよく思っていないらしい。
確かに、何か新しいことをしよう、という意志が伝わってこなかった。
惑星の住人や、ロボットや宇宙船の造形も全く魅力的でなく、退屈な2時間だった。


中村文則「教団X」、読み進めているがなかなか読み終わらない…。
面白いともつまらないとも言えない、というか、面白い箇所とそうでもない箇所が混在している。
小説自体が分裂している感じだ。
ただ、他の作品も読んでみたいとは思わせる。
一応、自分はこの作者に興味を持っているようだ。

中村文則が小説について語った動画があり、なかなか面白かったので紹介しておく。
「作品を書く時、前の作品を越えようとしている」と語っていたが、そういう意味では、「フォースの覚醒」は、越えようとしていなかったのだと思う。

時間に余裕のある方は見てみて下さい。





本に使うお金


このブログを読んで下さっている皆さんは、一か月にどれだけのお金を本に使っているだろうか。

僕は細かく計算したことはないが、10,000円以上は使っている。
定期的に収入の入るサラリーマン生活であるし、元々娯楽に対してお金を使わない僕は、好きな本を買うくらいいいだろうと特に何も考えずに買い続けていた。
しかしどうも最近使う金額がどんどん増えている気がして、どうにかしなければと考え始めた。

一か月に10,000円以内が妥当だろうか。
試しにエクセルを使って今月買った本のリストを作ってみた。
合計で4,937円だった。
今月はあと5,000円くらいは本が買えるというわけか。
欲しいと思っていた3,000円くらいの画集があるので、それは買ってもよさそうだ。

これからしばらくは、本を買ったらその都度リストに書き込んでいこう。
計画性のまるでない生活を送っていた自分が、こんな風に面倒なことをするようになるとは…笑

仕事の影響である。
日々売り上げ、つまり数字を気にしているので、その習慣が私生活にも入り込んできた。

このブログのアクセス数や、Amazonのリンクのクリック数をチェックするのについても、以前より楽しみが増した。

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モドル

Author:モドル
粉々になった「芸術」が、まだ少しだけ身体に張り付いている。

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